吸い付け慣れぬ
給金だ俸禄だと差し出したところで、どうせ使ったことのないもの達である。ややもすれば、同じかねのかたまりだというので、自らと貨幣を同一視している節さえ窺える。只人にはその心情を解し得る筈もなく、かといって与えたものを喜ぶどころかそれと悟っても貰えないのは、上役として少々寂しい。
そこで皆へは金銭を渡さず、定期的に欲しいものはないかと聞くようにした。魂がどうあれ身体は人、入用なものは必ずある。また改まって頼みにくいことも褒美の代わりと言えば多少言いやすくなるようで、微笑ましい品が散見されるのが傍から見ていて楽しい。
たとえば鶯丸には玉露の煎茶を、歌仙兼定には新しい筆を。身だしなみを気にする加州清光には手鏡、狐達には稲荷と王子の卵焼き。左文字の兄弟は口を揃えて自分の代わりに兄弟へなどと言うので、各々に二つずつ上物の練切を手渡した。
「俺は煙管が欲しい」
だがこの好々爺はすらりとこんなことをのたまう。
「羅宇は紫檀か黒漆で、月に兎の意匠があるとよいなあ」
一通りでなく値の張る代物である。しかし平素から戦での武勲めでたく、それでいてものを欲することのない刀だ。いずれ政府の支給金、誰の懐も痛まぬのだからと、いっそ煙草盆ごと誂えてやった。
羅宇は紫檀に金象嵌、見上げる兎と宵の月。揃いの盆には秋の武蔵野。
出来上がったそれを三日月宗近は笑んで押し戴き、その場で窓辺へ持って行って外を眺めながら一服喫んだ。絵になる。否、これが絵にならぬようでは三日月宗近とは言えないのだろう。ただ美しさだけが彼の身上だ。
或いはこの煙管も自ら欲してのものではないのかもしれない。千歳にわたってひとに愛され続けてきたこの刀には、在りながらにして手練と手管とが備わっている。ひとの目を寸時も留め置く手段ならば、委細漏らさず魂に刻まれている。それが果たして故意か本能か、問うて答えてくれる男でもない。
「俺の主様はまことにつれなき御仁だ」
つらり考えていると、紫煙を吐き出しながら詰られた。夜趣を眺める後目がこちらを睨めている。
「こんな贅沢品、撥ね付けるものと思っていたのだがな」
いやしくじった、我が主は結構な大尽であった。そう言って些か残念そうに、それでいて何処か楽しそうに笑っている。何が可笑しいのか分からない。若し思う通りに断られていたらどうする心算だったのか。好奇心が湧いたが、聞くのは止めにしておいた。
無茶な願いを先に出して、第二希望を通して貰う心算だった三日月。